「読書は100歳になっても続けられる人生の相棒」

県民読書の日(11月1日)にちなんで秋田県が主催したトークライブが2023年11月5日、社会学者の古市憲寿さんと秋田市出身でフリーアナウンサーの堀井美香さんを迎えて秋田市の秋田キャッスルホテルで開かれた。ユニークな視点で社会を分析する古市さんは、本の読み方や子供の頃に読んでいた本などについて、堀井さんは局アナ時代の本にまつわるエピソードや小説の朗読を通じて感じることなどについて軽妙なやり取りを繰り広げた。

対談者プロフィール

古市 憲寿(ふるいち・のりとし)
社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。著書を多数発表。「10分で名著」など読書に関連する書籍も。

堀井 美香(ほりい・みか)
元TBSアナウンサー。 現在はフリーアナウンサーとして活躍中。毎回満員になる「朗読会」「読み聞かせ」を多く行い、「yomibasho PROJECT《よみばしょプロジェクト》」に取り組んでいる。

堀井美香(以下、堀井) 今日は若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでもご活躍されている社会学者の古市憲寿さんのお話を伺います。皆様、大きな拍手でお迎えください。

古市憲寿(以下、古市) こんにちは。よろしくお願いします。

堀井 私たちは以前、番組でご一緒させていただいておりました。秋田は何度目ですか?

古市 何度か仕事で来ているんですけど、ピンポイントで。ただ、小倉智昭さんという秋田出身のちょっとうざい人が周りにいたので秋田のイメージが小倉さんになっているんですけど、ほんとは違うんですよね。(笑)

堀井 今日は早くお着きになって市内を回られたそうですね。

古市 古代の役所があった秋田城跡や土崎の何とかタワーに行ってきました。景色はすごくよかったです。

堀井 セリオンですね。(笑)短い時間ですが秋田を存分に楽しまれたようですね。では、ここからは、読書についていろいろと伺っていこうと思います。

堀井 古市さんは普段、どういう本の読み方をされていますか?

古市 読書を楽しむというよりも、必要に迫られて本を読むことが多いですね。例えば、文章を書くとか、テレビでコメントするとなったら、関連する本をまとめて読みます。自分が何を知りたいかが明確だと、読み飛ばしていいところと、しっかり読むべきところが分かる。だから、本好きな人のように、始めから終わりまで大事に1行1行読むってことはあまりありません。

堀井 偶然出会った本でピンと来る、みたいなことはありませんか?

古市 あります。だから、街の本屋さんにはすごく残ってほしいと思っています。ネットで本を買うことも多いですけど、タイトルの情報や筋だけでは選ばない本を偶然街の本屋さんや図書館で手にとって、読んでみたら面白かったということがあります。何となく新しいものに触れたい、だけどまだ漠然としているという時も、アイデアを得るために本屋さんに行くことがあります。

堀井 でも、電車で紙の本を読んでる人を見なくなりましたよね。

古市 本当に減りましたね。ただ、それで本がなくなったかというと、そういうわけでもありません。電子書籍で読む人もいれば、漫画を読む人もいます。本でしかできないことってあると思います。YouTubeやTikTokといった動画サイトもたくさんありますが、情報収集の効率性では、やっぱり本が一番だと思います。本は、ある著者が数か月から、もしかしたら数年掛けて、その人がいいと思った情報を集め、それをパッケージにしたものですから。しかも、読み飛ばすこともできる。動画ってなかなか飛ばすのが難しいじゃないですか。
映画やドラマは、作り手側のペースに乗せられてしまうようなことがあります。それが魅力でもありますが。逆に、本は自分のペースで読める。ページをめくって5分間そのままでもいいし、そこで何を感じるかというところもすごく自由です。そういう意味で本の価値は変わらないと思います。

堀井 1冊しっかり読むという方法もあれば、かいつまんで読んでもいいし、読書の仕方というのは色々ですね。

古市 実は僕、年配の人にすごく電子書籍を勧めたいと思っています。電子書籍は若い人が読むものというイメージがあるかもしれませんが、今年93歳で亡くなった社会学者の加藤秀俊さんに紙の本を差し上げたら、「紙の本なんてもう読めない」って言われてしまいました。電子書籍だったら、文字のサイズも変えられるし、明るくすることもできるから読めるんだそうです。目に優しいデバイスもたくさんあるので、昔ほど本が読めなくなった人も、また読めるんじゃないかな。

堀井 いろんな選択肢が増えましたが、紙の本を並べるだけでも嬉しいという方もいらっしゃいますね。

古市 絶対に読まないのに本を飾ってる人っていますよね。(笑)でも、僕はそれでもいいと思っています。プルーストの『失われた時を求めて』というめちゃくちゃ長い小説の翻訳をされている高遠弘美さんが、「本を買って家に置いておくだけでもいい。いつかタイトルや背表紙と目が合うことがあるかもしれない。出会いは、別にその瞬間じゃなくていい」と言っていて、なるほどと思いました。

堀井 ある著名な作家のご自宅にスタッフみんなで遊びに行った時、壁一面に崩れ落ちそうなぐらい本があって、「これ、読まれるんですか?」ってお聞きしたら、「いや、ほぼ読んでない。でもね、一緒にいるだけで、なんか空気を感じるんだよ」とおっしゃっていました。

古市 本棚を見ると、その人のいろんなことが分かりますよね。その人が何に関心があるかとか「あ、この本が置いてあるということは、やばい人なんだろうな」とか。(笑)

堀井 「結婚したい人の家に行ったら本棚をチェックしろ」って、先輩に教えてもらいました。

古市 本棚を見ていると、人の頭の中をのぞいているような気持ちになります。田原総一朗さんの本棚にも本がすごく積み重なっています。全部は読んでいないと思いますが、本をたくさんそばに置いているので勘どころをつかまえるのがうまいんだと思います。研究者の本の読み方で多いのは、巻末の索引や参考文献のリストを見て、「この本はこういう文献を参考にして書かれているんだな」ということを知ってから読んでいくやり方です。最初から全部読むことだけが正解じゃないと思います。

堀井 1冊を大事に何度も読み返してる人もいます。

古市 それ、好感度高いですよね。宮沢賢治を何十回も読んでる人はすごく好感度高いなあ。(笑)

古市 ところで堀井さんは本の朗読のお仕事も多いんですか?

堀井 そうですね。いろんなところで朗読をさせていただいています。小説が主ですが、私はじっくり読み解く派です。朗読にはそれが必要で、本当は何を言いたいんだろうと読み砕くのがすごくいい作業だなと思っています。

古市 映画や小説を読み解く評論家という仕事がありますが、作者が意図しなかったような読み方をしてくれる時があって、それに作者が納得させられることもあります。学校のテストで、よく作者の考えを聞かれますが、書いた時と時間がたってからでは作者の考えも違うかもしれません。

堀井 本は読む人の状況とか年代によっても全然受け取り方が違います。私は太宰治の女語りの小説が好きで、学生の頃から読んでいますが、その頃と今とでは捉え方が全く違います。芥川龍之介の『羅生門』でも、昔は「この罪人がどうしてこうなったんだろう」というところにばかり気が向いていたんですが、最近読んだ時は、おばあさんに自分がズンと重なってしまいました。

古市 見方は文化によっても変わります。『ドラえもん』は何年か前にアメリカでもアニメ化されたんですけど、ジャイアンを主人公だと思った人もいたみたいです。ジャイアンにはリーダーシップがあるし。ドラえもんって不思議で、アジア圏ではめちゃくちゃはやっているし、スペインとかイタリアでも人気が高かったんですが、北米とか北ヨーロッパでは、はやらない。同じ作品でも国ごとに伝わり方が全く違う。

堀井 ドラえもんは読まれましたか?

古市 藤子・F・不二雄作品はドラえもんはもちろん、SF短編集というシリーズがすごく好きです。短編集だから、30ページ、40ページぐらいしかないのに、常識を軽やかに覆してくれます。
『気楽に殺ろうよ』という作品は、性欲と食欲が逆転しているパラレルワールドの話です。そこでは性欲が恥ずかしくないことで、食欲がすごく恥ずかしいことなんです。だから、ご飯はみんなカーテン閉めてこっそり食べて、セックスはオープンでいいんです。その世界に突然迷い込んでしまった主人公が精神科医に相談しに行くんですが、そこで「食欲ってのは個人の人生を長引かせるための独善的な欲望だけど、性欲ってのは人類っていう種を永続させるための公益的な欲望だから、食欲が恥ずかしくて性欲は恥ずかしくないのは当たり前じゃないか」って説得されてしまうんです。社会学というのは、常識を疑う学問だと言われていますが、僕たちがたまたま今こういう時代でこういう状況だけど、それは決して普遍ではないし常識は変わりうるということを学びました。
本はいろんなことを疑似体験させてくれますし、知識を与えてくれます。知識ってすごく人を自由にしてくれると思います。考え方にバリエーションができて、一つの物事を違う角度から見ることができるようになる。だから、みんなはこう考えているけど、本当はこうかもしれないって思うことができる。知識を得ることや勉強することって、ついつい嫌なものとか押し付けられるものって思いがちですが、むしろ人を自由にしてくれるものだって常々思っています。

堀井 古市さんは社会学者というお仕事をされていますが、子供の頃、どういう本を読まれていましたか?

古市 僕は、宇宙大図鑑や魚類大図鑑のような図鑑ばかり読んでいて、いわゆる文学作品はほとんど読まなかったです。自分で図鑑を作ったりもしていました。サメがすごく好きで、ミツクリザメとかの生態について調べて絵を描いて分布図を入れたりしてサメ図鑑を作りました。それが今につながっていて、ある世界を網羅的に見て、その世界を分類したいという欲望が子供の頃からありました。
僕は映画を見たり本を読んで泣いたことがないんですよ。どうしてみんな映画や本で泣くのかなと思ってて。映画とかで感動っぽい音楽が流れると、隣にいる人を見て、「あ、泣いてるからここ悲しいシーンなんだ」と思うんです。

堀井 私は、泣きたくて映画に行ったりします。古市さんは、本を読みながら大事なところを抽出して頭の中で分類したり整理したりされているのでしょうね。

古市 僕は大学生の頃、それほどお金がなくて欲しい本を全部買えなかったので、図書館で学術書を借りて、本のまとめノートのようなものを作っていました。このまとめがあればレポートを書く時に、元の本を読まなくても大丈夫でした。まとめてみると分かるんですよ。「この本、難しい言葉を使っているけど中身がないんだな」というようなことが。本当に大事なことは忘れないからメモも必要がないという人がいるんですが、たぶんうそだと思います。メモを書いたことも忘れてしまうかもしれませんが、書いておけば、また出会うことがあると思います。自分で買った本にはたくさん線を引くしメモもします。

堀井 ラジオで長く久米宏さんのアシスタントをしていましたが、久米さんは、資料に使った本を番組の最後に私にポンと置いていってくださるんですよ。付せんやチェックが入っていて、「あ、ここが久米宏さんがピンときた箇所なんだ」と思って、いいものをもらったと思っていました。

古市 そういう本を読みたいですね。番組でご一緒していた秋田生まれの小倉智昭さんもたくさん本を読まれる方です。番組の同窓会で会ったのをきっかけに、今、小倉さんと本を作っています。小倉さんの人生、すごく面白いんですよ。テレビ東京(当時通称・東京12チャンネル)のアナウンサーからフリーになって、「とくダネ!」という番組をやって、日本中から意地悪じじいみたいに嫌われて。実際はそうじゃないけど。意外なことに本は出されていなかったので、小倉さんが今、何を考えているのか聞いて本にしてみたいと思ってオファーしたら快諾していただきました。来年(2024年)の2月か3月に出せればと思っています。

堀井 さて、ここで会場からの質問です。「テレビでのコメントが秀逸ですが、読書は古市さんの意見やコメントに影響を与えていますか?」

古市 そうですね。一つのコメントを言うために本を2、3冊読むこともあります。例えばイスラエルとハマスの問題には(宗教や歴史の)文脈があるわけじゃないですか。それを、その日の映像を見ただけで答えていいかというと、たぶん違うと思うんです。インプットとアウトプットのバランスを一定にしておかないと、人って枯れてしまうと思っています。だからアウトプットのチャンスがあったら、たくさん本を読むようにしています。今日は加藤シゲアキさんの『なれのはて』(秋田市の土崎空襲を題材にした小説)を電子書籍でダウンロードして読んでいました。

堀井 最後に、古市さんにとって読書とは、みたいなところを伺いたいと思います。

古市 文字の歴史はせいぜい5千年で、ホモ・サピエンスの歴史の20万年に比べたらはるかに短い。日本でも多くの人が文字を読めるようになったのは江戸時代ですから数百年です。ほとんどの人類が本を読まないで暮らしてきたわけです。この100年、映画やテレビ、インターネットなど新しいメディアがたくさん出てきましたが、本は残っています。本でしか感じられないものや本ならではの効率性があるからだと思います。
人生は、一回しかないし、時間も限られている中で、本があれば違う世界に簡単に行ける。しかも、すごく長く続けられる趣味です。一言でまとめるなら、読書とは相棒ですかね。裏切らないし、読もうと思ったら絶対本はそこにある。得て損する知識はないし、知識は自分に自信を付けてくれる。そういう意味で読書はすごく大事だと思います。


(おわり)